環境への意識が高まる中、今年はエコカー減税・補助金といった「官製特需」の後押しもあって、ハイブリッドカー市場は一気に拡大した。その火付け役となったのが、これまでの常識をくつがえして「ハイブリッドカーなのに低価格」を打ち出したホンダの「新型インサイト」だ。同社営業開発室 商品企画担当(現営業企画課主任)の井口郁氏に、ヒットを生んだ開発秘話などを聞いた。
圧倒的なシェアに食い込むために
常識をくつがえす低価格を実現
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――「インサイト」誕生の経緯を聞かせてください。
当社では、10年ほど前に「初代インサイト」を、その後シビックのハイブリッド版を発売しました。しかし、売り上げも認知もなかなか伸びず、この市場ではトヨタの「プリウス」とのシェア比が95:5ぐらいと圧倒的に負けていました。この状況を打破するために、もう一度ハイブリッド戦略を見直そう、ということから始まりました。
4年ほど前に消費者調査をしたところ、「5年以内にハイブリッドカーがほしいか」という設問には、約半数が「ほしい」と回答した一方で、購入しない理由を聞くと「価格が高いから」がダントツでした。そこで、シェアで大きく後れをとっている当社がまずやるべきなのは価格を下げることだ、と。では具体的にいくらであれば購入を検討するかを聞くと、半数が「200万円以下」と回答していました。これまで当社が手がけてきたハイブリッドカーは220~240万円で販売していたので、相当コストを下げないと実現しない価格でした。そこで、欧・米・日本の3地域で年間20万台の売り上げ目標を掲げ、工場では部品の大量生産体制のための設備投資をするといったビジネスプランを描いた上で、低価格実現に向けて動いたのです。
――非常にコンセプトが明確、という印象があります。
コンセプトは大きく4つあります。1つ目は「環境性能のいい車」です。当時、ガソリン車の「フィット」が10-15モード燃費で23~24キロ/リットルで走っており、環境性能をうたうインサイトは「30キロ/リットル超え」を目指しました。2つ目は「しっかり使える車」であること。初代インサイトは2人乗りだったのですが、広く普及するには4、5人は乗れて、さらに荷物も積めることが重要なポイントでした。3つ目は、ホンダの車ですから「走りが楽しい車」であること。そして4つ目は「お求めやすい価格の車」でした。3つ目までは通常の車でも比較的よくあるコンセプトですが、価格がコンセプトに入ってきた例は当社の歴史でもほとんどなかったと思います。しかし今回は、価格も商品の性能の一つである、ととらえたのです。それも単に廉価であるだけではなく、常識をくつがえすような低価格でなければ意味がありません。そこで「200万円」の壁を超えない価格を目指しました。
とにかくコンセプトが明確でわかりやすかったので、営業、技術、工場部門、そしてコミュニケーション部門まで、社内の連携や意思統一がとてもスムーズでした。また当然、世の中にもわかりやすく響いたようで、すんなりと受け入られたこともヒットにつながったととらえています。
――ヒットの要因をどう分析しますか。
やはり価格のインパクトはかなりあったようです。価格が引きとなり、ハード面がそれに見合うだけの内容と感じてもらえたのだと。実際、購入したお客さまのアンケートでは、「燃費がいい」「しっかりと走れる」など、こちらがねらった部分がきっちりと評価されていました。また、デザインも燃費のよさと同じくらい好評でした。好き嫌いが分かれる部分なので、その評価が高かったのはうれしいことでした。
いい意味で思惑とは違ったのが、メディアでたくさん取り上げられたことです。開発当時はこんなに景気が悪くなるとは予想していませんでしたが、低価格のハイブリッドカーということで、不景気な中での数少ない明るい話題として注目されたようです。専門誌だけでなく、テレビや一般紙などの取材も多く、これは広告費には換算できないほどの大きな効果があったととらえています。
さらに追い風となったのは、エコカー減税、補助金の「官製特需」です。価格を決める段階で減税についてはある程度概要がわかっており、それを含めて「本体価格200万円」までもって行ったのですが、さらに補助金が決まったことで「諸費用込みで200万円」が実現しました。しかも期間限定だったので、「ならば今買おう」と消費者が動いたのではないでしょうか。
コンセプトが明確で、ブレることなく当初の計画通り進められたこともヒットの要因だったと思いますが、不景気や補助金など「最後の後押し」も大きかった。インサイトについては、マーケット論では語れない運のようなものも味方してくれたように感じています。
企業広告と車種広告を一本化
「PEANUTS」のキャラクターを起用
――コミュニケーション戦略について聞かせてください。
環境についての広告はこれまでも展開してきたのですが、どうもわかりにくかったようで、自動車好きの方々には理解してもらえても、家庭で財布のひもを握っている女性たちからは不評でした。トヨタはプリウスのブランド化も成功し、環境イメージにおいても非常によかった。差をつけられていたのは、シェアだけではなかったのです。
そこで、分散して発信していたメッセージをひとつにまとめ、さらに、これまで切り離していた企業広告と車種広告を一緒にして展開することに。テーマを「グリーンマシーンキャンペーン」とし、インサイトを001号とすることで、このハイブリッドシリーズがずっと続いていくということをアピールしました。キャラクターには、スヌーピーとその仲間たちの「PEANUTS」を起用。女性層へのアピールもありましたが、PEANUTSの原作はシニカルでメッセージ性が高く、当社がハイブリッドカーや環境に対して込めた思いや志を訴求するには、メッセンジャーとしてふさわしいのでは、と考えました。さらに、より幅広い層に訴求したかったので、新聞、テレビ、雑誌、ウェブと展開し、あらゆるターゲットに対して、それぞれにアピールできるようなコンテンツを発信しました。
新聞広告は2009年2月の発売に先がけた1月の元旦紙面からスタート、その後もコンスタントに出稿しました。目立つコピーを使いながら、最初のうちは車の絵姿は掲載しないという、車の広告としては斬新なクリエーティブでした。これまでにない広告表現は社内でも慎重論が出る中での挑戦でしたが、パッと目を引き、興味を持ってもらえたようです。女性層を中心に非常に好評でした。今回のように、私たちが考えている本当のことを理解してもらうためには、信頼できるメディアである新聞はもっともふさわしかったのでは、と感じており、改めて新聞広告の力を実感しました。
――ウェブでは、ユーザー参加型のコンテンツ「エコグランプリ」が開催されています。
国内でインサイトを購入した方が実際に記録した燃費を、ホンダ独自の「インターナビ・システム」という通信機能を使って自動的に集計、ランキングするレースです。楽しみながらゲーム感覚で燃費のいい運転を身につけることができ、結果として環境活動にもつながります。現在、4~5千人のオーナーが参加し、ランキングを競っています。これからハイブリッドカーの購入を検討している人にとっては、実際の燃費は非常に気になるところなので、「客観的な数値」としても役立っているようです。この取り組みをきっかけとして、車との新しいかかわり方の提案や、ユーザー同士のコミュニティーづくりについてこれからもいろいろと展開していく考えです。
――今後の課題、展望などを聞かせてください。
インサイトのヒットで、ようやくホンダにもハイブリッドがあると認知してもらうことができました。国内におけるハイブリッド市場がますます大きくなることが予想される中、来年はスポーティータイプの「CR-Z」や、コンパクトタイプの「フィット」のハイブリッドも展開する予定です。
ハイブリッドは過渡期の技術と言われていますが、2010年代は必ず「ハイブリッドの時代」になると見ています。ハイブリッド車が当たり前と言われる時代に向け、しっかりとイニシアチブを取っていきたい。今年ヒットしたインサイトは、来るべき時代を担うコンパクトクラスのスタンダードカーを目指していきます。そして、当社の強みであるミニバンなどでも早く商品化して、「ハイブリッドならホンダとトヨタ」と言われるように、互いに刺激し合いながら、存在感を出せる企業になりたいと考えています。
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