「飲む点滴」「汗の飲料」というコンセプトのもと、1980年に登場したポカリスエット。従来にない味と機能を市場に浸透させるため、地道にサンプリングを重ね、ファン層を広げました。ニュートラシューティカルズ事業部 製品部 ポカリスエット プロダクトマーケティングマネージャーの浅見慎一氏にうかがいました。
健康飲料としての認知向上と、試飲による味の定着を目指す
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金森氏 ポカリスエットが発売された経緯から聞かせてください。
浅見氏 きっかけは、製品の開発担当者の海外出張先での出来事でした。メキシコに出張した担当者は、水事情の悪さからおなかをこわして現地の病院へ。医師から「体内の水分と栄養分が失われているから、とにかく水分を飲んで、あとで栄養も取るように」と言われます。日本でも、「そういえば、手術を終えたお医者さんが、栄養補給のために点滴液を口から飲むのを見たことがある」と思い、「飲む点滴液を開発したらどうだろう?」とひらめいたのです。
金森氏 点滴液は、御社の製薬事業の得意分野であり、当時から高いシェアを誇っていたと思います。飲む点滴液を作るノウハウはすでにあったということですよね。
浅見氏 その通りです。
金森氏 開発コンセプトは。
浅見氏 汗をかいて失われる水分と電解質を手軽に補給できる飲み物、「汗の飲料」です。日常の汗の成分の再現とおいしさとの両立という難題に挑み、試作品は1,000種類を超えました。
金森氏 ポカリスエットのような飲み物は、かつてありませんでした。初めて飲んだときに、「なんだろう、この味は?」と驚いた記憶があります。
浅見氏 ポカリスエットは、「味=機能」なんです。つまり、汗をかいた後に飲んでいちばんおいしいと感じる。理想の味にたどりつくまでには、研究員たちが山登りをして実際に汗をかいて試作品の味比べを行ったというエピソードもあります。
金森氏 当時、健康のために水分が必要だという考え方は、今ほど浸透していなかったのではないでしょうか。売り出すうえで、どのような戦略を立てたのでしょう。
浅見氏 スポーツ飲料というカテゴリーに限定せず、健康飲料として訴求しました。さらに、かなりの本数をサンプルとして配りました。というのも、当時の人々が親しんでいた甘みの強いフルーツ飲料や炭酸飲料とはかけ離れた味だったので、まずなじんでいただく必要があったのです。
金森氏 なるほど。健康飲料としての認知向上と、試飲による味の定着。この二つを最初にクリアしなければならないハードルとして設定したと。
浅見氏 それともう一つ、当時の清涼飲料水は暖色系のパッケージが主流で、青と白を基調とするポカリスエットのパッケージはセンセーショナルでした。見慣れないパッケージに違和感を抱く消費者も多いので、サンプリングを通してイメージカラーの浸透をはかりました。
金森氏 サンプリングのターゲットはどういった層に据えたのですか。
浅見氏 ターゲットは特定せず、人が集まるあらゆる場所で配りました。
金森氏 先ほど、ブランドのポジショニングは健康飲料で、スポーツ飲料という枠に限定しないというお話がありましたが、となると、どういった場所でサンプリングを行ったのですか。
浅見氏 発汗をともなうシーンをめがけて行いました。もちろん子供たちの野球大会など、スポーツシーンも含まれます。お風呂に入ると汗をかくので、温泉施設などでも配りました。お酒を飲んだ後の渇きを癒やしてもらうため、夜の繁華街でサンプリングしたこともありました。
金森氏 それまでの飲料は、気分転換のために飲む、おいしいから飲む、という価値を提供するだけでした。ポカリスエットは、発汗したから飲む、という新たな価値を創出し、「このかつてない味は、汗をかいた後に飲んだらおいしいんだ」ということを、試飲してもらいながら広めていったのですね。
浅見氏 そうです。当時はネットもスマホもないので、新たな価値をより早く広めるうえでも効果的な手段でした。また、サンプリングの際には、水よりもポカリスエットのほうが水分補給に適していることを実証データで示しました。熱中症という言葉がメジャーになるずっと前から、熱中症予防の説明会も行っていました。
金森氏 言われてみると、御社は「実証」のイメージがあります。随分前にエコノミー症候群が話題になった時に、飛行機を使った実験も行いましたよね。
浅見氏 よくご存じですね。飛行機をチャーターして被験者に乗っていただき、水を飲んだ場合とポカリスエットを飲んだ場合とで体の状態を比較して、ポカリスエットの優位性を実証データで示しました。
金森氏 よく覚えています。ポカリスエットって本当に体にいいんだなと思いました。
浅見氏 あの時のデータは国際機関でも評価をいただきました。実は、200mlのペットボトルは、実証後、ポカリスエットを機内に乗せたいと航空会社から依頼があったために開発したものなんです。
金森氏 そうだったんですか。
画期的なコミュニケーションと実証実験で商品の鮮度を維持
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金森氏 サンプリングや実証データの提示といった地道な地上戦に対し、空中戦となる広告コミュニケーションはどんな戦略を持っていましたか。
浅見氏 発売当初は、欧米の女性モデルや女優を起用し、飲むシーンを想起させるテレビCMを展開しました。外国人タレントを起用した飲料の広告はめずらしく、当初からユニークでした。1980年代後半から90年代は、宮沢りえさんや一色紗英さんなど、美少女タレントを起用し、若々しくアクティブなイメージを打ち出しました。
金森氏 宇宙ステーションで撮影したCMもありましたよね。
浅見氏 はい、2002年に展開したCMです。そうした大がかりなコミュニケーションもブランドの活性化のために折々で打ち出しています。ローリング・ストーンズを起用してイベントを開催したこともありました。飛行機で空に文字を描くスカイメッセージというキャンペーンも実施しました。常に他社がやっていない画期的なコミュニケーションを追求してきました。
金森氏 これまでに商品のリニューアルはあったのですか。
浅見氏 パッケージは少し変えていますが、味は変えていません。
金森氏 ロングセラー商品の取材経験からいえば、食関連の製品は、時代のニーズに合わせて少しずつ味を変えていくのが、いわば定石なんです。ですからめずらしいケースだと思います。
浅見氏 「汗の飲料」としてベストバランスを追求した商品なので、変える必要がなかったのです。
金森氏 だからこそ、画期的なコミュニケーションを打ち出し、商品イメージの鮮度を保つことが重要なんですね。そして、エコノミー症候群や熱中症など、社会的なトピックをテーマに実証を行い、商品の価値を高めている。見事な戦略です。また、価格もほとんど変えていないですよね。
浅見氏 はい。ブランドの価値を守るため、一定の価格を維持しています。
金森氏 ポカリスエットには粉末タイプもありますが、ペットボトルとは違ったニーズがありそうですね。
浅見氏 スポーツシーンで大量に水に溶かして大勢で飲まれることが多いです。また、防災備蓄用や海外への携行用としても重宝されています。意外なところでは、老人福祉施設などでゼリーにしてふるまわれています。製薬会社が作っている安全・安心で信頼できる商品ということで、献立に入れてくださる栄養士さんが多く、今ではかなり大きな市場となっています。
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容量のバリエーションをそろえ、ライフスタイルの変化に対応
金森氏 飲料市場の大きな流れを見ていくと、2000年ごろからミネラルウオーターやお茶のカテゴリーが拡大します。こうした流れに対して、どう動いたのでしょう。
浅見氏 機能訴求を再び強化しました。ミネラルウオーターやお茶よりも水分補給の機能が優れていることをしっかり伝えていこうと。
金森氏 明らかに競合として捉えていたわけですね。
浅見氏 そうです。というのも、ミネラルウオーターやお茶のニーズが高まる中で、特に女性を中心に、「機能性ドリンクは太る」というイメージを持つ方が増えていったんです。
金森氏 「太る」というネガティブなイメージを払拭(ふっしょく)するためにも、機能訴求が必要だったと。
金森氏 いろんな容量のボトルを提案しながら、人々のし好やライフスタイルの変化に適応していったのですね。
ポカリスエット イオンウォーターをロングセラーに
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金森氏 さて、この4月に「新処方」をうたって発売した「ポカリスエット イオンウォーター」についても聞かせてください。
浅見氏 開発のきっかけは、消費者の声によるものでした。発売当初は「甘くない」「薄い」などと言われたポカリスエットについて、時折シーンによっては「甘い」という印象を持つ方が増えていることがわかったのです。その事実は、甘みのないミネラルウオーターやお茶の需要拡大も影響したと考えます。そんな中、舞台裏では改良が検討されていました。苦労したのは、ポカリスエットと同じ機能を保ちつつ、いかに甘みをおさえるか。「新処方」を編み出すまでに6年の歳月を要し、2013年4月、満を持して軽やかな甘さとカロリーオフの「Newテイスト、Newカロリー」のポカリスエット イオンウォーターを発売しました。
金森氏 売れ行きはいかがですか。
浅見氏 大変好調です。うれしいことに、ポカリスエットとのカニバリゼーションも起きていません。消費者調査をしたところ、ポカリスエットとイオンウォーターを買い分けている人が多いこともわかりました。
金森氏 そうなんですか。イオンウォーターを買っているのは、運動をやめてポカリスエットから遠のいた人や、新規の購買層なのかと思っていましたが、そうじゃないんですね。
浅見氏 もちろんそういう方が多いですが、ポカリスエットの購買層が買い分けているケースも多いんです。
金森氏 その理由を、どう分析していますか。
浅見氏 一つは、新発売なので、単純に試飲感覚で買っている人はいると思います。もう一つは、「発汗した後はポカリスエット、日常的に飲むのはイオンウォーター」と使い分けている。大きくこの二点が考えられます。
金森氏 後者は、もともと狙っていたのではないでしょうか。
浅見氏 はい。機能は同じでも、二日酔いの時はイオンウォーターよりポカリスエットのほうがおいしく感じるとか、食事の時はポカリスエットよりイオンウォーターのほうがさっぱりしていていいとか、体感してわかることがそれぞれあります。ですからイオンウォーターも積極的にサンプリングを行っています。
金森氏 ポカリスエットは、発汗するあらゆるシーンでサンプリングを行いましたが、イオンウォーターはどんなシーンで行ったのでしょう。
浅見氏 ターゲットを特定しなかったポカリスエットに対し、イオンウォーターは、20~30代の「ポスト部活動世代」を重視しています。「学生の頃は部活の後に毎日ポカリスエットを飲んでいたけれど、デスクワークの今はもっぱらノンカロリーの水やお茶を飲んでいる」という方を想定し、発売開始から3カ月間は、通勤エリアを中心に配りました。また、ポカリスエットとの飲み比べ調査も行いました。
金森氏 調査の結果はいかがでしたか。
浅見氏 「ポカリスエットのほうが好き」という方は比較的男性に多く、「イオンウォーターのほうが好き」という方は比較的女性に多いです。女性は、「ポカリスエットはあまり飲まなかったけれど、イオンウォーターは日常的に飲んでいる」「今まではお茶や水を飲んでいたけれど、イオンウォーターを飲むようになった」という方も多いですね。
金森氏 「甘い」「カロリーが高い」という課題をクリアしたイオンウォーターが切り札となり、より幅広いシーンで幅広い層に飲んでもらえるようになったわけですね。
浅見氏 おっしゃる通りです。日常の生活でも水分とイオンは失われます。オフィスの自販機の前で何を買おうかと迷った時、「水やお茶だと物足りない、コーヒーや紅茶だと甘すぎる、イオンウォーターにしよう」と、選んでいただけたらいいなと思います。
金森氏 他の飲料では満たせないニーズを的確に捉えていこうと。
浅見氏 はい。ポテンシャルは高いと思います。目指すはイオンウォーターの習慣化。発売から33年経っても多くの人に愛されているポカリスエットのように、30年後に「自分たちにとってのポカリスエットはイオンウォーター」と言っていただけるようなブランドに育てていきたいと思っています。
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大塚製薬 ニュートラシューティカルズ事業部 製品部 ポカリスエット プロダクトマーケティグマネージャー
2004年入社。横浜支店にて営業担当。2011年本社営業部営業企画に配属。製品部SOYSHアシスタントプロダクトマネージャーを経て、2012年3月より現職。
インタビューを終えて
時代の流れや消費者のニーズの変化に合わせて、見えないところで少しずつ改良を加えていくことがロングセラー商品の生き残りのヒミツであることは、当連載で数多くの商品が証明してきた。しかし、発売当初から「何も変えていない」ということが価値である商品も存在する。ポカリスエットもその一つだ。しかし、飲料としての成分や価格の変更はないがパッケージを多様化させるという動きをしている。それは小さな変更かもしれないが、世の中のニーズをすくい取り、ターゲットを拡大する意味は大きかった。その中でイオンウォーターの登場は大きな変化として見逃せない。ともすれば本体商品であるポカリスエットとカニバリゼーションをすると思われがちであるが、すみ分けがされているという。それは、「速やかな水分吸収」という中核価値を共有しながら、「味」という実体価値を新たに設定したターゲット層のニーズや利用シーンにうまくミートさせているからだ。今後、どのようにさらに市場に受け入れられていくのか、要注目である。(金森努氏)
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金森 努(かなもり・つとむ)
有限会社金森マーケティング事務所取締役社長 東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道20年。コンサルティング事務所、電通ワンダーマンを経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師(ベンチャー・マーケティング論)、グロービス経営大学院客員准教授(マーケティング・経営戦略)、日本消費者行動研究学会学術会員
金森氏ブログ「 Kanamori Marketing Office 」
HISTORY
1980年
ポカリスエット発売。4月に245ml缶を発売、6月に1リットル用粉末を発売。
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フランチェスカCM
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1982年
香港・台湾で販売開始。グローバル製品として展開を始める。
1985年
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570mlボトル
570mlボトル発売。
1987年
年累計発売本数30億本達成。
1988年
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340ml缶
340ml缶発売。
1989年
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スカイメッセージキャンペーンを展開。
1990年
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4月ポカリスエット ステビア発売。植物性甘味料ステビアを使用し、カロリーをおさえた。
6月1.5リットルペットボトル発売。
1993年
累計発売本数100億本達成(340ml缶換算)。
1997年
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500mlペットボトル発売。
1998年
累計発売本数200億本達成(340ml缶換算)。
1999年
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新ポカリスエット ステビア発売。
2001年
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リニューアル缶
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900mlペットボトル発売。
ポカリスエット ステビアリニューアル・処方変更。
2002年
4月200mlペットボトルを発売。
7月2リットルペットボトル発売。
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2004年
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380ml缶
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290ml缶
発売25周年を記念した290ml、380mlの「地球ボトル」発売。
2006年
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イオンウォーター
ポカリスエット イオンウォーター発売。
2007年
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500mlエコボトル発売。従来よりも30%軽量化しリサイクルしやすく。
2008年
累計発売本数300億本達成(340ml缶換算)。
2009年
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900mlエコボトル発売。
2013年
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ポカリスエット イオンウォーター新処方。