顔や体を洗った後も肌はしっとりモチモチ。1957年にアメリカで生まれたダヴは、汚れを落とすだけだったせっけんの機能に「うるおい」という新しい価値を与えました。日本上陸は1999年。日本人向けに開発されたダヴは多くの女性に支持され、今も愛され続けています。ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス コミュニケーションダイレクターの伊藤征慶氏、マーケティング ブランドビルディング スキンカテゴリー ブランドマネージャー(ダヴボディ/ラックスボディ)の神田美幸氏に聞きました。
市場のニーズを徹底調査し、満を持しての日本上陸
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金森氏 「以前から、ダヴのプロモーションはマーケティングマネジメントのお手本を見るような思いでした。導入時に御社の方がおっしゃっていた「広告は飛行機の爆撃隊、規格品は戦車、営業は歩兵」という発言も印象に残っています。まず、日本上陸までの経緯についてお聞かせください。
伊藤氏 ダヴは全世界で大成功しているブランドです。欧州では、90年代初頭に各国で発売されていますから、日本上陸までに10年近くかかったことになります。というのも、日本で新規ブランドを立ち上げる場合、どうしても大きな初期投資が必要です。ダヴは世界戦略商品という位置づけでしたから、失敗しないためにも市場調査にじっくり時間をかけました。
金森氏 先進国の中では最も遅い参入だったようですね。海外と日本のマーケットの違いも意識されましたか。
伊藤氏 海外では、新しくダヴのブランドを発売する場合、ダヴ・バー(固形タイプの洗浄料)から売り出していくのが一般的なんです。英国本社は日本でも同じ戦略でいくつもりでしたが、私たちは反対しました。せっけん1個で顔も体も洗う人が大半なマーケットもあれば、その一方で、日本人の多くは顔と体では製品をきちんと使い分けます。そこで、まずは洗顔カテゴリーに製品形状としては、消費者が使い慣れたフォームタイプで参入すべきだと説得しました。「顔に使ってよかったから、体に使ってもいいに違いない」という発想はあっても、「体に使ってよかったから、顔にもいい」という発想にはなりにくいだろうと。つまり、洗い心地がよくわかる洗顔料で成功すれば、将来的に他のカテゴリーにブランドのラインアップを広げられると考えたのです。
金森氏 なるほど。洗顔料はチューブタイプのものが日本の消費者に支持されていることも含め、日本のせっけん市場の成熟度を考慮されたわけですね。
伊藤氏 そうです。イギリス本社への説得は成功し、チューブタイプの洗顔料をフラッグシップ商品としました。当時の洗顔料市場は、ティーン向けの国内ブランドが人気でした。しかも大人世代をターゲットとするマス商品が少なかったので、幅広い年齢層からシェアを獲得していました。一方でマス商品に満足できずに高級ブランドを使っている人もいて、ニーズは二極化していました。くわしく調査してみると、マス商品に満足していないのは主に30~40代の女性で、その悩みは洗顔後の肌の乾燥でした。ダヴの商品特性は「うるおい」と「低刺激」です。つまり彼女たちが洗顔料に求める機能とぴたりと合います。ティーン向けより高めの価格設定としても、肌に合っていてコスメブランドの洗顔料ほど高くなければ、手を伸ばしてくれるだろうと確信しました。
広告は「テスティモニアル編」と「科学的実証編」のコンビで
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金森氏 ターゲット、プライス、プロダクトの3点においてヒットの可能性をはらんでいたことがよくわかります。さらに広告展開ですが、一般消費者に使用感を語ってもらうテレビCMは今も強烈に印象に残っています。「ダヴなら、ハニワが有田焼になれたって感じで」という……。
伊藤氏 「実際に商品を使っていただき、正直な感想を語っていただきました。「ハニワが有田焼に」という言葉は、使ったご本人から飛び出したものでした。
金森氏 そうでしたか。確かにコピーライターが思いつかないような表現です。ダイレクトマーケティングの世界ではテスティモニアル広告(testimonial=推薦・証言)を多用し、「売るな、語れ」といわれます。語りが消費者自身の言葉であれば説得力は増しますが、それをマス広告でやったところがすごいと思いました。
伊藤氏 「発売当時のダヴ広告は2つのコンビネーションで成り立っています。1つは「テスティモニアル編」で、もう1つは「科学的実証編」です。99年2月中旬に洗顔料と固形タイプの洗浄料を市場に投入し、最初はチューブタイプの洗顔料を軸にプロモーションを実施しましたが、年明けにはダヴ固形タイプにリトマス試験紙をつけて、中性であることや、他ブランドとの違いを伝える科学的実証CMを展開しました。
金森氏 テスティモニアル広告でトライアルまで誘導し、科学的実証広告でリピート使用や固形タイプの使用に誘導するねらいもありましたか。
伊藤氏 発売から時間が経過し、テスティモニアル広告の目新しさが失われた頃にカンフル剤的に科学的実証広告を投入するという設計だったので、もちろんそうした動きも期待しました。
金森氏 緻密(ちみつ)な戦略に感心します。広告展開と並行してサンプリングも大々的に展開されました。2年間で全世帯の6割、2,800万個と、ものすごい数です。配布エリアは検証しましたか。
伊藤氏 一度使ってもらえば、その優れたうるおい感を実感していただけるという自信があったので、大規模なサンプリングを実施しました。特徴的な配布先としては保育園や幼稚園、あとは当時めずらしかった雑誌への張り付けも行いました。また、固形タイプのサンプルにリトマス試験紙をつけて中性かどうかを自分で実験できる仕掛けもしました。
金森氏 とても面白いアイデアです。サンプルはともすると旅行用のストックにされてしまいますが、それを回避するアイデアだと思います。
伊藤氏 01年にはヘアケア商品の展開も始まりました。ブランドカテゴリーを拡大していく際の留意点は、ダヴの特性である「うるおい」「低刺激」というブランドエクイティーを貫くことでした。シャンプー市場を調査したところ、「ダメージやパサつきが気になる」という意見が多く、「うるおい」が最も求められているニーズであることに自信を持ちました。
金森氏 97年が「女子高生ブーム」と言われた年で、茶髪やカラーリングがはやりました。2000年くらいになると一般の女性も普通にカラーリングを楽しむようになり、あわせて髪のダメージを気にする人も増えていたのではないでしょうか。ちなみに競合商品はありましたか。
伊藤氏 「ダメージケア」と機能をうたった商品は多くありましたが、「うるおい」を前面に打ち出した商品はあまりありませんでした。
金森氏 枝毛や切れ毛に作用するという機能もありながら、「しっとりつややかにうるおう」という情緒的なイメージを訴えられるブランドだったということですね。そういう意味で一ついい流れだったと思うのが、ブランドエクイティーが確立されているので、販売チャネルが味方についたことです。私は、御社が販売奨励金を抑えて広告やサンプルに投資する方針も興味深いと思っています。冒頭に触れた爆撃隊でいうなら「兵站(へいたん)」をしっかり用意している。デフレのさなかに価格を維持しながらいい売り場を確保しているブランドというのは、他にあまりない気がします。
伊藤氏 海外でも大成功しているブランドなので、売り場の期待値も高かったのではないでしょうか。
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神田氏、伊藤氏、金森氏
「リアルビューティーキャンペーン」でブランドに新風
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金森氏 05年にスタートしたリアルビューティーキャンペーンについてもお聞かせください。
伊藤氏 ダヴの上陸から5年以上が過ぎ、新しい課題が見えてきました。イメージ調査において、「肌にやさしい」「信頼できる」「誠実」という印象がある一方で、「新しくない」「なんかつまらない」「おばちゃんブランド」といった印象が生まれてきたのです。そこで、ブランドイメージを再生するべく、製品カテゴリーをまたいで「リアルビューティー」という新しい表現を用いることになりました。「『美しさとはこうあるべきだ』という既成概念にとらわれ、自分の本当の『美しさ』を見失っていた女性たちに、すべてのスタイル、すべてのサイズ、すべての年齢の中にある、それぞれの“本当の美しさ”を知ってほしい」というのがキャンペーンの趣旨です。
金森氏 広告のキャッチコピー「日本の女性は美しくない」という切り口には大変驚きました。既存の価値観に対して問題を提起する意図がありましたか。
伊藤氏 女性誌を飾るモデルのような容姿にあこがれるのではなく、自分の中にある美しさに気づいてほしいというメッセージでした。実は、キャンペーン開始の前年に実施したアンケート調査で、「自分の美しさに満足している」と答えた女性は0%でした。こうした結果もキャンペーンの動機づけとなりました。
金森氏 消費者を巻き込んだ広告も展開されましたね。300人の女性が金髪のウィッグを空に放り投げる光景をとらえたユニークなビジュアルでした。キャンペーンの成果はいかがでしたか。
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神田氏 ブランドに新しい風を吹き込むことができたと思います。「洗う」という機能的な領域から、「ビューティー」という新しい領域に踏み出すきっかけとなりました。「個々がもっている美しさをサポートする」というリアルビューティーの考え方は今も続いていると思います。
金森氏 「みんなにとっていいブランド」という認識を「自分にとっていいブランド」という認識に変え、再び支持を取り戻したのですね。そして、それが新たなブランドエクイティーになったと。
伊藤氏 ブランド上陸時に30~40代だったターゲット層は当然年齢を重ねているので、新しい30~40代を取り込む効果もありました。「ビューティー」を打ち出すことにより、コアターゲット周辺の層を囲うこともできたと考えています。
ブランドエクイティーを守りつつ、新しいニーズに対応
金森氏 リアルビューティーキャンペーンに続き、07年に50歳以上の女性に向けた「プロエイジ」シリーズの発売を開始されましたが、加齢したターゲット層が他の製品にスイッチするのを食い止めるねらいがあったのでしょうか。それともシニア世代のマーケットにすき間を見つけて参入したのでしょうか。
神田氏 マス市場でエイジングをうたった商品は少なかったと思います。あっても「アンチエイジング」という発想で、エイジングを否定しない「プロエイジ」という考えは、新しい発想だったのではないでしょうか。
金森氏 「美しく歳を重ねましょう」というメッセージは、リアルビューティーのコンセプトにもつながりますね。全国のシニア世代をカバーするため、地方のホームセンターや個人経営の雑貨店などにも営業を展開されたとか。細やかに「歩兵」を動かしているところもにも感心しました。さらに今後ですが、多様化する消費者ニーズにどのように対応していきますか。
神田氏 「うるおい」「低刺激」「ビューティー」というブランドエクイティーを守りつつ、新しいニーズに対応していくつもりです。例えば、「ダヴ オイル泡クレンジング」は、汚れはしっかり落とすけど、肌をいためたくないというニーズが多いことを受けて日本独自に開発し、とてもヒットしています。
金森氏 「ブランドでカバーすべきニーズかどうかをまず判断し、必要とあれば新たに商品開発もするということですね。綿密な市場調査と一貫したブランドエクイティーがロングセラーを支えているということがよくわかりました。
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ユニリーバ・ジャパン コミュニケーションダイレクター
1988年に日本リーバBV(現ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社)に入社。1990年から2年間の英国本社出向。帰国後ブランドマネジャー、マーケティングマネジャー を経て2006年から現職。
インタビューを終えて
マーケティングで大切なことは「整合性」です。一つひとつのパーツ、例えば優れた商品を開発したり、注目度の高い広告を制作したりしても、それらが連動していなければ全体として機能しません。つまり、「売れない」のです。
ダヴの事例は優れた製品(Product)を、価格競争に巻き込まれない適正な価格(Price)で、最適な販売チャネル(Place)に配荷し、マス広告やサンプリング(Promotion)で顧客を獲得し、囲い込むという4Pが整合した「売れるしくみ」が出来上がっています。
また、一時的に「売れる」だけではなく「売れ続ける」ためには、「開発→生産→マーケティング→物流→販売」というバリューチェーンの中で、どのような強みを作って、どこにコストをかけるかを全体として整合させていくことも求められます。その点も消費者のニーズにマッチした商品のコンセプトを末端の営業、売り場まで浸透させられていることがダヴの「売れ続けるヒミツ」なのだと思います。(金森 努氏)
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金森 努(かなもり・つとむ)
有限会社金森マーケティング事務所取締役社長 東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道20年。コンサルティング事務所、電通ワンダーマンを経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師(ベンチャー・マーケティング論)、グロービス経営大学院客員准教授(マーケティング・経営戦略)、日本消費者行動研究学会学術会員
金森氏ブログ「 Kanamori Marketing Office 」
HISTORY
1999年 「ダウ」日本に初上陸
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洗顔フォーム&バー」
「ビューティモイスチャー 洗顔フォーム&バー」(チューブタイプの洗顔料と固形洗浄料)を発売。
1999年 テレビCM「テスティモニアル編」を放映
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一般消費者に使用感を語ってもらうテレビCM。「ダヴなら、ハニワが有田焼になれたって感じで……」というフレーズで注目を高めた。
2000年 テレビCM「科学実証編」を放映
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固形せっけんにリトマス試験紙をつけて中性であることを訴求。
2000年 ボディーソープを発売
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ボディウォッシュ」
「ビューティモイスチャー ボディウォッシュ」
2001年 ヘアケア商品を発売
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「ビューティモイスチャーバランスケア(ヘアケア)シリーズ」
2003年 「モイスチャークレンジング メーク落とし」発売
2006年 ダメージケアシリーズを発売 「アドバンストダメージケア(ヘアケア)シリーズ」
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(ヘアケア)シリーズ」
2007年 「プロエイジ(スキンケア・ヘアケア)シリーズ」を発売
美しく歳を重ねる成熟した女性たちに向けたシリーズ
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2008年 「ダヴ オイル泡クレンジング」を発売
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ポンプを押すと、オイルクレンジングが泡になって出てくる。高いメーク落ちと肌へのやさしさが一つに。
2008年 「ゴーフレッシュシリーズ(ボディウォッシュ)」を発売
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(ボディウォッシュ)」
気分に合わせて香りが選べるボディウォッシュ
2010年 「リキッド泡クレンジング」「ディープピュア洗顔フォーム」発売
ジューシーベリーとフレッシュライムの香り「ゴーフレッシュ リニュー」、初の男性向け洗顔料「Dove MEN+CAREシリーズ」を発売。
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「ディープピュア洗顔フォーム」
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2011年 「プロエイジマッサージムース泡洗顔」「オイルinクリームメイク落とし」
「ゴーフレッシュ リバランス」を発売。ヘアケア商品を全面リニューアル。
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「マッサージムース泡洗顔」
「オイルinクリームメイク落とし」
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